セロリ

育ってきた環境が違うから〜ってね。

ご無沙汰しております、創世風満智留です。宮島さんです。今回は陽気に歌いながらの登場です。

「所変われば品変わる」という諺と迷ったんですけど、ちょっとポップに行こうかなって思いました。なんの話かというと演劇の話です。


演劇人としての私の感性は、大阪と京都で育ちました。都会の感性です。

最近Xで、「宮沢賢治が大阪に生まれていたら『雨ニモマケズ』は生まれてないのか」という投稿がありました。同じようなことを今回のロカイユにも感じています。


都会の演劇は勢いがあります。この前小田さんにも「宮島さんって京都の演劇の情報解禁にいつもいませんか?」と言われました。確かにジャンキーに演劇やっている方ですが、それでも氷山の一角で、全然全部じゃないです。毎週末どこかしらが公演をやっているし、「ハシゴ観劇」という言葉もあるくらいです。うだうだしてると、ランタイム(上演時間)をきちんと記載しろ!そして守れ!と怒られます。観客でさえも時間に追われているんですね。


ちょうど1ヶ月くらい前、ロカイユの序盤の稽古を観に山口まで行きました。8分待てば次が来る京都市バスに慣れきっていた私は、不覚にも山口線の湯田温泉駅を寝過ごし、3駅ぐらい先まで行ってしまいました。折り返しに乗るか〜と思って、駅に降りてから時刻表を確認したら1時間に1本しかなくて、一瞬焦りましたが、幸い12,3分で次のやつが来ました。時間がゆっくり流れているなぁというのを本当に感じました。都会から地方に転勤なった時あるある、あれ実在するんですね。自分がその罠にかかるとは……


さて、『と或るメルヘン』が関西小劇場で生まれたでしょうか。中身を全部知っている私としては、おそらく否です。もう少し踏み込んだ話をすれば、『新説・銀河鉄道の夜』も、上演こそ私が演出で去年やりましたが、この脚本が関西の学劇で生まれたかというと、そうじゃないんじゃないかなと思います。今年のはじめに劇団笛さんの『むちゅうのドリー』も観させていただきましたが、なんというか全部、果実が大きい。わりとあれもこれも詰め込んでマックのセットにする関西小劇場の演劇も、いろんな味がしてもちろん良いんですが、ずっと味の濃いソースと刻み玉ねぎとチーズが挟まったハンバーガーを食べてたら突然、青果店の果物と生クリームが溢れんばかりに挟まれたフルーツサンドが出てきて嬉しくなってる、みたいな感じです。うーん、食い意地張ってるかも。


なんか言葉にするのが難しいですね。けどこの時間の流れとか、市中に流れていく情報とかって、作劇に絶対に影響するんですよね。山口の空って、まだ星座が結べますよね。京都の夜空は青いんです。たまに金星と火星が見えるくらいで、一等星すら怪しいです。

ただ京都には文化という武器があり、大阪にはエンタメという武器があります。会話にオチ作らないと怒られる都市伝説があるくらいですからね。怒らないですよ。


結局言いたいことって何かっていうと、一つの場所に囚われないものづくりって意外と発見があるな、という話です。本番まであと2週間、私はロカイユにどれだけ与えることができるか。


(暗闇の中、何やら実験が進んでいる……)

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